REGRETブログ

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私が日常を送る上で感じた悔しさがテーマのブログ

【群れと個性】群れて生きるか孤闘に個性を貫くか否か

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本日は【群れと個性】がテーマのお話になります。

 


我々の現代社会では、少なくとも社会と言うだけあって人類で共有しあって日々生活を営むことになってます。

 


なので、働き方においても生活においても、少なからずは誰かと共存して協調しあって生きることが必要です。

 


今回はそんな【群れと個性】というお話をして参りますので、興味のある方は引き続き本日もよろしくします!

 

【群れと個性】デジタルにより物理的に孤立も可能

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我々が住まう令和の時代の特徴として、デジタル機器が普及しましたから、極論個性を出し孤立するのも可能。

 


個性を出すことは、これからの時代に求められるのは間違いはないのですが、どんな時代でも強者と弱者の構造はあり続けると私は思っておりますので、これからも…

 


それらの群れを率いる人たちは必ず居ますし、例えば、HIKAKINさんやUUUMの鎌田和樹さんみたいな感じで組織だって弱者(悪い意味ではない)を率いるでしょう。

 


弱者は、基本的に強者の方針や文脈を受け継いで、YouTubeでいうところの毎日投稿を継承するでしょうし、これは会社員なら誰しも言わずもがなわかること。

 


なので、べつに悪くないのですが、どーしても世の中というのは強者の作り上げた道を追随する側か、その作り上げられる側かの2極化するので選ぶしかないです!!

 


昔ならアナログだったので、強者になっても弱者になっても人との繋がりや同調は絶対に必要でしたので「群れなくてはならない」時代でしたがこれからは違います。

 


群れても孤立しても、どちらにしてもデジタル機器を駆使すれば、ほとんど人との接点を物理的に設けなくても生活できますし、UberEATSとかがわかりやすいです。

 


時代の流れとしてもAmazonがやり出したであろう「置き配」という文化などのお陰で1日自宅だけで過ごせる。

 


今後もこの流れは間違いなく加速していくでしょうから、孤立することは出来ますし群れずに生きれますよ。

 


しかし、本当に群れないことだけをあなたは望んでいるのでしょうか?心から本当に思っていますでしょうか?

 


たぶん私が思うに「承認欲求」もきっと持ち合わせているはずでしょうから、そこらへんを続いてはお話します。

 

【群れと個性】群れの承認、個性の孤立の狭間に。

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今度は群れのメリットにも注目してみようと思いますが、私が思うに協調性を駆使すれば承認されると思いますし、それを駆使出来れば居心地は良いと思いますよ!

 


そのための努力ももちろん必要で、挨拶をしたり謝罪したり感謝したりマナーを守ったり凄く面倒臭いですが…

 


そこらへんを「しっかりやれば」あなたの会社内での株価はうなぎ登りですから、きっとあなたの承認欲求は満たされますし、うまくいけば出世や結婚出来るはずです。

 


しかし、同時に「あなたの本当の個性(アイデンティティ)」は同調圧力と協調性の谷底に突き落とされます。

 


なので人生では、集団に屈して耐えながら承認欲求を満たしながら上手いことサバイヴしていくパターンと、個性を活かす為に孤闘な戦いをして己の道を作るかです。

 


もっと簡略化するなら「楽だけど面倒臭い群れ」か「しんどいけどアイデンティティを出せる孤闘な個人」か!!

 


私個人としては面倒臭い非生産的な群れが嫌いなので、毎日15時間働いてでも己のアイデンティティを求めますし、その為には貧乏でも避難でも何でも受け入れる。

 


しかし、世の中のすべてのひとが「そこまで犠牲に出来ない」のも事実としてありますし、何だかんだで「会社が好きだったり」「会社は嫌いだけど社員が好きだったり」「家族との関係性の為に社員を選んだり」何だかんだで…

 


そういう「群れでの生活」を許容する側面もあります。

 


何だかんだで「承認欲求」は色んな意味で満たしてくれるのが「群れ」の特徴で「交通費」であったり「お給料」だったり「会社の人材」であったり「表彰制度」だったりがある。

 


個性のアイデンティティのために、そこらへんを失ってまでも「自分らしく好きなことで生きていきたいのか?」は1回本気で向き合って生きた方がいいと思いますね。

 


ちなみに私は、REGRETブログもそうですが、こうしたメッセージを伝える活動を通じて、みんなの人生を好転させる為には血反吐でも吐いて何でもしてやろうと思うし、満員電車で憂鬱な顔を見るのは私は嫌ですので、そういった確固たる意志を持って個性を求めて生きてる。

 


そのくらい「個性を出して生きる」のは難しいことだと思いますし、一筋縄では行かないと私は思っていますね!

 


ぜひ、今一度考えてから「独立」とか「起業」とかを検討されたほうが後悔なく生きられると私は思いますよ!!!

 

 【群れと個性】SNS魔女狩りが横行する現代社

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私がこれを初めて実感したのは「テレビ」でした。

 


「テレビ」では毎月のように「誰かの浮気や不倫」他にも「誰かの殺人や事件」や「誰かの過ちや謝罪」などが報道されていますし、それは日常生活にも伝播していました。

 


私が思うに「いじめの思考法」は、テレビから学んでいるような気がしてなりませんし「大人だってテレビで弱い者いじめしてるんだからボクらだってしてもいいよね」

 


というのが子供たちをいじめに走らせているのだと私は思いますし、現実に私は小学生の高学年の時にいじめられていましたが、確かに同級生はゴシップネタをよく話していましたし、保護者の皆さまもゴシップネタや噂話の類を日々楽しまれていましたから、原因はコレです。

 


他にも「週刊誌」であったり「ネット」であったり「2ch(今は5chらしい)」であったり「ゲーム」であったり「新聞」であったり、ありとあらゆる場所でコレが起きています。

 


では、なぜ「魔女狩り」をするのかというと、それが古代ローマコロッセオ時代から現代日本に至るまで「娯楽」として機能しているからだと私は考えておりますね!!

 


現実問題として、WEBライターをして肌身で感じておりますが「人間とは毒を求める」傾向にありまして「タバコ」「アルコール」「違法ドラッグ」「SEX」などなどの…

 


そういった「子どもの頃に"毒"として扱われていた」ものを好奇心から手に入れたくなるのが人間だと思います。

 


それはコンテンツでも同じで「ネガティブキャンペーン」とも業界用語で言われていたりもするのですが、たとえば選挙とかで自分以外の立候補者の欠点を指摘したり…

 


そういった相手をおとしめることで、自分たちのイメージをよくして、情報弱者や政治に関心のない人達の票稼ぎを行ったりすることを指した用語なのですがこれを使ってネガティブ情報を発信する人が増えているのです。

 


世の中には「群れ」に従う性質がありますから、そういった情報は確かに「無知」や「暇人」を集める効果がありましたし、現在もPV数を稼ぐことには有用な方法です!!

 


しかし私は「おかしいよね?」と思っておりますし、人の不幸から生まれたものなんて要らないと思っています。

 


私は私のこの考え方に共感してくれる人が増える事を祈るばかりですし、そういう世界を作りたいものですね。

 

【群れと個性】善悪ではない。ただの選択なだけ。

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こういう話をしていたり、こういう話をしているブログやサイトを拝見していて思うのですが、べつに「どっちが正しくて、どっちが間違っている」とかは無いです。

 


世の中には「善悪」で計れないことの方が多いのです!!

 


例えば「風俗」だって、女性の貧困の貴重な収入源の1つとしての選択肢としては「善」とも捉えられますし、一方で「スカウトマンに騙されて体を搾取」されている「悪」の側面や「ヤクザ収入源になる」という側面もあるのです。

 


なので、色々な側面で世の中は出来ておりますので、ポジショントークや確証バイアスなどで、偏った意見の方が多いのですし、そういうのがウケるのはそうですが…

 


だからといって、それを「善悪」で対立するのは違いますし、正しいのはそれぞれの意見を議論することですね。

 


これは本日のテーマの「群れと孤立」でもそうで、群れが悪いとかオワコンとか、そういうお話でもないですし、孤立が正しくてニューノーマルとかでもないのです!!

 


YouTubeの「好きなことで生きていく」ことが、正しいとかでもないですし、間違っているとかでもないです。

 


見出しにも書いていますが『善悪ではない。ただの選択なだけ。』が今日もこれからも答えとしてあり続ける。

 


ですので「無知」や「暇人」でいると、ネガティブキャンペーンに踊らされてしまいますから、大切なことは『知ること』『考えること』『議論すること』にあります。

 


ぜひとも、この記事をきっかけとして「私は群れのほうが合ってるかもな」とか「私はそれでも個性を出すために孤立してでも生きたいかもな」とか考えて見て下さい。

 


少なくとも今見ているあなたは『知ること』はクリアしておりますから、あとは『考えること』へとステップアップしていくだけとなっております!素晴らしいです!

 


もし余力があるのであれば、更にQuoraみたいな質問アプリとかご自身のブログとかTwitterとかで『議論すること』まで行えたら私を超えていけるでしょうね!!!

 


まぁ、それも『ただの選択』ですから判断は皆さまに委ねられています!人生は自由ですから好きに生きよう!

 


群れに従うのも自由なように、私の記事を読むのも自由ですし、中断してNetflixを見るも全て自由ですから。

 


ではまた…